生きるための食卓から、喜びと笑顔満ちる食卓へ
物心ついた時から共働きの両親は忙しく、不在がち。妹と2人で囲む静かな食卓は、空腹を満たすものでしかありませんでした。
高校生になって飲食店でアルバイトをするようになり、にぎやかな店内で語り合うお客さん、店主の笑顔に触れて初めて「食べるって楽しいことだったんだ」と気づき、大きな衝撃を受けました。それが、今のビジネスの根幹になりました。
大学卒業後、大手企業に入社したものの、多くの笑顔に触れた飲食の世界が忘れられず、2年後には独立し、居酒屋を開店しました。それから、1年に1軒のペースで市内に新店をオープン。
順風満帆のようで、実は水面下では「独自の売りがない」という大きな壁に突き当たっていました。そのとき思い出したのが、私と妻が生まれ育った故郷のオホーツク海と、漁業を生業にするたくさんの知り合いでした。
会社員時代に学んだサプライチェーンマネジメントを応用することで、「海から食卓までを一気通貫でつなぐ」仕組みづくりに大きく舵をきり直しました。今から9年ほど前のことです。
その取り組みの延長線上にあったのが、SNSで話題となった海鮮丼。仕入ネットワークの力を活かし、地元の魚をふんだんに使った一皿が多くの人の目に留まり、地元のお客様が喜ぶ反応が見られたことで、「自分たちのやり方が間違っていなかった」と確信を持てた気がします。
港から独自物流ルートで、海の「今」を都市へ直送
縁あって、最初に取引を始めたのがえりも町の漁協でした。並行して、卸売市場や水産加工場からの仕入れも行いながら、徐々に日本海、オホーツクの沿岸部、日高などの漁港へ出向き、直接取引のルートを開拓。現在、18地域にまでネットワークが広がりました。また、産地からの直接仕入れにより中間コストを削減し、高品質な食材を適正な価格で提供する仕組みを確立しました。
生産地との距離が近づくにつれ、世界的に議論される「2048年問題(2048年までに食用魚が枯渇する可能性)」も、自社にとって重要なテーマとなりました。グループ傘下の「シハチ鮮魚店」の名も、この問題に由来しています。私たちは持続可能な漁業を目指し、海の環境に配慮した事業への取り組みも始めています。現地に足を運ぶことで、地元でしか食べられていない未利用魚のポテンシャルに着目。その魚に自社加工で付加価値をつけ、流通させる取り組みも進めています。
またコロナ禍を機に、テイクアウトやデリバリー、鮮魚販売、水産加工、卸売、養殖事業など事業の多角化も実現。札幌市内に点在する飲食店舗は、今の海を知るPRの場として、飲食店の枠を超えた役割を果たしています。
持続可能な海へ、挑戦の一歩
今回、札幌未来牽引企業創出事業(株式上場コース)に応募したのは、「もう引けない」という強い覚悟を胸に、次のステージへ進む決意を固めたからです。
私たちが目指すのは、社名の由来でもある「笑顔の食卓」を広げること。その手段として「海」を選びました。
「シハチブランド」として未利用魚や低利用魚を活かしながら、製品開発、販売を行うことで、限りある資源が有効活用され、持続可能な食の未来をつくる。ブランド力を高め、全国、そして世界へと認知を広げていくことが、私たちの次なる挑戦です。
また、次世代を担う子どもたちや若い世代が海や魚に興味を持てるよう、食育事業にも力を入れていきたいと考えています。
さらに、北海道の水産加工場や養殖事業の事業承継、宿泊施設の開業など、「食と観光とまちづくり」を一体化した取り組みも進行中です。海と街、人との距離が近くなることで、きっとまた新しい笑顔が生まれると信じています。
資金調達は目的ではなく、想いを形にするための手段。より多くの人に喜んでもらえるよう、地域の方々と共に未来を育てていきたい。そんな想いで、今回の挑戦に臨んでいます。
食を通じた人とのつながり、もてなしの心を共有したい
現在、アルバイトを含めると社員は120名を超えます。人手不足が叫ばれる中でも定着率は高く、その理由を大坪社長は「大切にされていると感じてもらうこと」だと強調します。
経営陣と全社員との共通言語として「ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)」を浸透させ、全社員に理念を直接伝える場を欠かしません。また、女性社員が多く働く環境に合わせ、ライフスタイルに合わせた働く時間の自由設定や産休・育休制度も整備し、多様な働き方を支えています。
「創業時から大切にしてきたのは“おもてなしの心”です。それを忘れずに成長していきたい。そのためには、まず社員自身が“大切にされている”と実感できる環境をつくることが必要だと考えています」。大坪社長は、SAPPORO NEXT LEADING企業に選ばれたことで、より多くの同志が集まることを期待しています。
「次代を担う子どもたちが、食の仕事はかっこいいと憧れるようにしたい。そのためには想いを共有する仲間と一緒に私たちが実践していかなくてはいけないと思っています」。