
事業構想大学院大学 事業構想研究所
社会構想大学院大学 社会構想研究科
産業能率大学 経営学部(兼任教員)
教授河村 昌美様
【河村様プロフィール】
横浜市役所入庁後、福祉、広報、教育部門を経て、広告。ネーミングライツに関する新規事業部門を設立及び推進。現在全国の地方自治体で広く取組まれている同事業のスタンダードとなるビジネスモデルを構築。その後、自治体として日本初の官民共創専門部署の設立メンバー・スタッフとして中途退職するまで数百件の官民共創事業に関わる。2019年から事業構想大学院大学事業構想研究所客員教授、2021年から現職として、全国の自治体や企業を対象に公民共創や地域活性化・地方創生、SDGsなどに関する新規事業構想プロジェクト研究を担当。法務博士(専門職)。
【著書】
横浜市広告事業推進担当(共著)『財源は自ら稼ぐ!―横浜市広告事業のチャレンジ』(ぎょうせい、2006年)
河村昌美・中川悦宏『公民共創の教科書』(事業構想大学院大学出版部、2020年)
官民共創と最初に触れたきっかけや、現在の活動内容について教えてください。
前職の横浜市役所では、広報課に長く所属し、20代後半に現在のフィルムコミッションの前身となる事業を担当していました。CMやPV撮影の許認可を通じて、広告代理店と頻繁にやり取りを行い、広告やスポンサーに関する経験やノウハウを得る機会に恵まれました。これが契機になり、次の仕事で職員提案制度に応募し、新たにネーミングライツや広告事業を担う専門部署を立ち上げました。その後、官民共創推進部署の立ち上げ・推進メンバーとして、様々な共創事業のコーディネートやコンサルティング、実践に当初から40代で中途退職するまで携わっていました。
事業構想大学院大学等に活動の場を移してからも、市役所での経験を生かし、自治体と企業の公民連携に一貫して取り組んでいます。社会・地域課題を解決に資する新たな事業を構想するためには、産学官民の共創は不可欠で、こうした共創事業構想のニーズは全国的に高まっていると感じます。

河村先生が考える官民共創の課題と、今後チャレンジしたいことを教えてください。
現代は「VUCA時代」と呼ばれるように、社会が不確実性や複雑性を増しています。この中で、民間企業は従来のビジネスモデルが通用しにくくなり、行政は急速に進化するテクノロジーや新しい課題に対応しきれていない状況があります。また、オープンイノベーションによる課題解決を目指そうとしても、具体的に何をどう進めればよいのか分からないという壁に直面するケースが多いと感じています。そのような中で、官民の垣根を超えた共創の成功事例を全国で一つでも多く生み出し、ビジネスとして根付かせていきたい。そのような思いで大学教員として共創の事業(ビジネスモデル)作りをサポートしています。特に、政府が地方創生の取組を始めてから10年が経過しましたが、補助金が終了した後に自立的に事業を継続できた事例はまだ多くありません。この現状を変えるためにも、全国各地にいる教え子たちと連携し、ビジネスとして成立する共創モデルを作り、それを広めることに挑戦していきたいと考えています。
大小さまざまな企業と対話される中で、共創の機運についてどのように感じていますか。
大企業においては、ここ数年で官民共創への理解や機運が着実に高まっていると感じています。一方で、地方企業や中小企業では、人的・資金的な余裕が不足しており、共創への取り組みが難しい場合が多いようです。しかし、中小企業にはトップの意思決定が迅速であるという特長があり、その柔軟性を生かすことでスピーディに事業を進められる可能性があります。また、地元の中小企業が地域経済を支える重要な役割を果たしている点にも注目すべきです。前向きな地元企業を巻き込んだ共創事業の創出に意識的に取り組んでいくことも、地域経済の発展に大きな責任を負っている自治体にとって大切なミッションの一つです。
官民共創を進めていく上で、どのようなことがポイントになるのでしょうか。
官民共創を成功させるには、行政と民間の間で「危機意識」を共有することが最初のステップとなります。これは、組織変革の8段階プロセスでも指摘される重要な要素です。両者が共通の課題や現状に対する危機感を持つことで、共創への強い動機が生まれます。その上で、共有する大きな理想を明確にし、そこに向けて具体的に実行するべき事項を絞り込んでいくことが重要です。
さらに、問題の本質を見極め、ロジカルに解決策を考える姿勢が欠かせません。例えば、コロナ禍初期のマスク不足の際、政府はマスクを配布する政策を取りましたが、システム思考で考えれば、当時の社会が本当に必要としていたのは、正しい情報提供や混乱を防ぐための適切なコミュニケーションだったのではないかと考えます。このように、課題を表面的に捉えるのではなく、本質的な解決策を追求することが、官民共創の成果を左右します。
また、事業の魅力性・実現性・持続可能性や各ステークホルダーが得られるメリットを踏まえた「ビジネスモデル」構想を意識することも欠かせません。
行政はどのように課題を設定して、民間に提示するべきでしょうか。
行政が認識している課題が、そのまま地域社会の課題と一致するとは限りません。行政内部で設定された課題の中には、行政の都合や運営上の課題にすぎず、住民にとっての本当の困りごとである「リアルな社会課題」とは言えないものもあります。そのため、行政はまずフィールドリサーチによって住民の声や地域の現状を丁寧に把握し、住民にとって切実な課題を基に社会課題を捉えることが求められます。
例えば、「人口減少」という大きなテーマを掲げるだけでは、企業が具体的にどのような形で関与すればよいか分かりません。このため、課題を具体的かつ企業の目的に結びつけやすい形に落とし込むことが重要です。企業が自社のビジネスとリンクできる顧客(市民等)のリアルな課題設定をすることで、共創への意欲を引き出すことができます。
もう一つ重要なポイントは、企業への情報伝達です。行政がどれほど良い課題を設定しても、アイデアや解決策を持つ民間企業にその情報が届かなければ、共創の提案にはつながりません。そのため、課題を周知する際には、メディア発信や企業訪問、展示会での接点づくりなど、様々な方法を活用して企業との接点を増やす努力が必要です。
行政が縦割り構造であるがゆえに、社会課題にうまく対応できていない現状があります。
行政内部で認識しなければいけないのは、社会で起きている事象と、行政の部署は必ずしもリンクしていないということです。そもそも行政の部署は、社会の事象を効率的に分業処理するために作られたものであり単なる役割分担に過ぎませんから、様々な要素が複雑に絡み合う社会課題の解決に直接対応できる仕組みになっていないケースがほとんどです。そのため、課題解決のためには、そこに拘ることは全くナンセンスであり、社会・市民視点で既存の縦割りを超えて調整や連携を行う仕組みが不可欠です。「SAPPORO CO-CREATION GATE」はこのような調整の仕組みとして、大きな役割を果たすことが期待されます。
札幌市の役割や、日本から求められていることについてどのように考えますか。
全国には知名度が十分にない自治体が多い中で、札幌市はまちとしての人気や知名度、ポジティブなイメージなど、全国でもトップクラスの非常に恵まれた条件を持っています。行政が組織として一丸となり、共創による社会課題の解決を目指す姿勢を示したことは非常に意義深いといえます。札幌で成功できなければ、ほかの自治体ではもっとできません。そのような気概やプライド、自信をもって、社会課題の解決に向けてチャレンジしていただきたいと思います。
札幌市との共創を目指す民間企業へアドバイスをお願いします。
札幌市は、官民共創の取り組みを本格化させたばかりで、現時点では民間の皆さまにとって物足りなさを感じる部分があるかもしれません。しかし、札幌には全国有数のポテンシャルや、意欲的で優秀な職員が多くいることと思います。これらを最大限に活用することで、共創の可能性は大きく広がるはずです。民間の皆さんには、ぜひ自社の利益だけではなく、札幌市民の利益や地域の資源を生かすことも考えて、魅力的な共創事業を生み出していただきたいと思います。
官民の共創により、札幌が全国の自治体をリードする存在になることを心から期待しています。
インタビューを終えて
今回は、全国各地で官民共創の新規事業立ち上げを推進されている河村様にお話を伺いました。長年の実践に基づく具体的なアドバイスや、温かいエールをいただき、共創の可能性を改めて実感しました。河村様の期待に応えるべく、札幌市の地域資源を活かしながら、官民が一体となった新しい価値創造に取り組んでまいります。